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決定版 ほんとうにわかる管理会計&戦略会計

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<   2007年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

枕元の守り人

c0048381_9161295.jpg

枕元にはスヌーピーが三匹おります。

真ん中の子以外はUFOキャッチャー産なんだけど…

みんなかわいいです。

最近、1番右の子(人間の赤ちゃんサイズ!)を抱いて寝てます。

腕をまわすと顎にこのおっきい頭がきて、いい感じになるのです。

ただ、このシーズンだから暑いけど(笑)

いつかSNOOPYTOWNで売ってる、1番おっきい子をわが家に連れ帰るのが夢です♪

スヌーピーLOVE歴14年。
もちろん子供に継承させます(^_-)-☆
by chihiro_1984_20xx | 2007-07-28 09:16 | 今日のできごと

syakai・1

(*勿論、事実は改変してあります)

経済状況や、家の中の状況が良くない家に生まれて、

ケアされないままに小学校にいって、

勉強ができずに落ちこぼれて、

先生には見放されて、同級生からは仲間はずれ
(あったよね、あの子が触ったらバイキンが移るとか、そういうの)。


一度も誰からも褒められず、

中学校まで行くけれど、
先生は受験やほかの生徒の問題でいっぱいで、
もう手を出せないし、出さない。

置いてきぼりになって、

算数も国語もできないまま、何がいいのかも、
友達もいないまま、時間ばかりが過ぎていく。

そんな時に、問題行動。万引き。

ますます疎外されていくけれど、

家には何もないし、誰もいない、お金もない。

生きていくために、万引きする。
いい悪いなんてのは、わからないし、関係のないこと。

そうしているうちに、チンピラに目をつけられて、

いつの間にやら巻き込まれ、

言われるがままに、万引きが繰り返される。

その時にはもう、病気は「出来上がってい」る。

お金が必要。

それで、母親を殴り殺す。箪笥の金を奪う。

裁判で、強盗殺人、責任能力ありで無期懲役。

32歳。

刑務所に入る。

入った先で、集団行動ができない。

食事を巻き散らかす、布団がライオンに変わったと夜中に突然騒ぎ出す、幻聴が命令してきて収監者を殴る、排泄物を食べる。

おかしいとやっと認められて、別の刑務所に連れて行かれる。

「そういう人」達が集められる刑務所に、連れて行かれる。

病気はすっかり固まって、落ち着くことはあっても、
内部での態度が完全に良くなることは、ない。

仮釈放が認められることは、これから先、ない。

そうして、彼は残りのおよそ40年間を、
ここで、狭い居室の、便器の上で
ゆらゆらゆらゆら揺れながら、
残りの一生を過ごす。

死んだ後は血縁者からは受け取りを拒否されて、
共同墓地に埋葬される。


私達は、「そういう人もいる」社会に生きている。


でも、これはまだいい方。

事件を起こさなければ、あとは社会の中で死ぬのみだ。

国は「自立」「自己責任」「自助」の美辞麗句をならべて、
病床数を減らしにかかり、
病院は「面倒な人」から放逐にかかってる。

受け入れ先がないから、住むところもない。
ホームレスになるしかない。

ホームレスには保険適用がない。


ある関係者は言った。
「おかしいですよね、犯罪を犯さなきゃ、
(刑務所の中でしか)福祉が受けれないなんて」



私達は、「こういった」社会の上に、生きている。
by chihiro_1984_20xx | 2007-07-25 12:15 | 今日のできごと

飛翔

c0048381_1754246.jpg




c0048381_18103965.jpg








お久しぶりです。
取り立てて書きたいことがあったわけではないのですが、
すばらしい空に出遭いましたので、写真だけのっけたいと思います。
我が家は8階にあるので、私はカーテンをあまり引きません。

部屋に差し込んできた、台風一過の穏やかな夏の夕日に、外を見遣ったその時に、
こんな空に出遭っちゃったのでした。

思わず、カメラ片手に窓を乗り越えてベランダにでちゃったわたくし。


もう少し、落ち着いて撮りたかったのだけど、
逢魔が時は一瞬で、不器用な私がうまく撮るだけの余裕はなかったし、
できればこの眼で、できるだけ長く眺めていたいというのもあったから、
こんなヘンテコな写真だけでごめんなさい。





c0048381_17552010.jpg



















まるで龍が空に還っていってるみたいに、


雲は、夜の帳とともに、空にとけていきました。


きれいだったよ。




さて、あまりの更新しなささに若干罪悪感もあるので、
次回更新までは、隠していた過去の更新分を開放しておきたいと思います。
期間限定。時間限定。
最近ここの読者であるとカミングアウトしてくれた貴方、ありがとう!記念(←これを人は感性の押し売りというのかもしれない)。
by chihiro_1984_20xx | 2007-07-17 18:06 | 今日のできごと

言葉たち。

「どんなに色んな人から綺麗、って言われても、
すきなひとにすき、って言ってもらえなかったら、何にも意味はないわ」

うろ覚え。
たった今のことなのだけれど、「ちびまるこちゃん」の中にあったお話を思い出したのです。
これ、小学校3年生設定のやつではなく、大きくなったまることおねえちゃんのお話の中での、
おねえちゃんの台詞。

なんだか、とっても切ないです。
シクシクするね。

そんな気持ちと雨だれの中、今月のメモをご紹介。
でもね、今回は全く一貫性がないのです。
それに先月は、社会について考えるより、身近な人たちに思いを致す事が多くて、
メモを有効活用するほどに物事を考えきれていないのです。
だから、とりあえず、「これは!」って思うのだけご紹介します。
そこに意味を読み取るのはあなた次第。


「人間として属するのは宇宙である。(マルクス・アウレリウス『自省録』6:11)」


「身体をめぐるいっさいは流れであり、たましいにかんするすべては夢と煙である。
生は戦いであり、旅の宿りであり、死後の名声は忘却にすぎない(同2:17)」



ストア学派「アパティア(無感動)」の理想

ひとは欲情や憤怒の虜となってはならない。そればかりではない。同情や後悔にとらわれてもならない。「すべては宇宙の自然にしたがっている」からである。「そして、まもなく、きみはなにものでもなくなり、どこにもいなくなる(同8:5)」


「あたかも、きみがすでに死者であるかのように、現在の瞬間がきみの生の最期の瞬間であるかのように、自然にしたがって生きよ(7:56)」


以上、括弧外:熊野純彦「西洋哲学史―古代から中世へ」岩波新書参照。


ストア学派の思想です。
時間の概念とか、「ポスト・モダン的」って感じがします。
あくまで印象にすぎないのですが・・・。

晩年、哲学者フーコーはストア派に傾倒していったそうなのですが、
息詰まる権力の中にいる我々人間の精神には、
果たして自由になる場所があるのか、と追い求めていった結果でもあるのでしょう。
戦って戦って、そうした先にある、希望というのか、諦観といった感じなのか。

私自身は、この考え方がすきです。
「自分自身」に固執することの「行き過ぎ」を戒めてくれる気がするから。


そう、そこで「自分自身」について、少し揺さぶりをかけさせてもらいます。


思春期のころ、いいや、今でもいい。
あなたは、「私」とは「何者であるか」と、自分自身に問いかけたことはありませんか?


その答えを、あなたは結局見つけ出すことができたのでしょうか?
それとも、年を経るにしたがって、いつしかこうした「若き悩み」は、
過去のものとして、あなたの脳裏から綺麗さっぱり流されてしまっていますか?

どちらにせよ。


この問題は、思春期の悩みとしても、宗教上の問答としても、
非常に好まれる題材ではあります。


一方で。

論理や言葉で、総てが伝わる、総ての話に説明がつく、
なんて思っている人はいませんか?

人間世界は総て、言葉の世界の上に立脚しているものであり、
人間の思考も、パーソナリティも、総て言葉や論理で片がつく、
なーんて思っている人、いませんか?

でも、本当にそうでしょうか?


この二つの「揺さぶり」に関して、ある一節がとても刺激的だったので
引用させていただきたいと思います。


「言論者であり、行為者である人間はたしかに、その「正体(Who)」をはっきりと示すし、それは誰の眼にも明らかなものである。ところが、それは奇妙にも触れてみることのできないもので、それを明瞭な言語で表現しようとしても、そういう努力はすべて打ち砕かれてしまう。その人が「だれ(Who)」であるか述べようとする途端、私たちは、語彙そのものによって、彼が「なに(What)」であるかを述べる方向に迷い込んでしまうのである。
つまり、その人が他の同じような人と必ず共通にもっている特質の描写にもつれこんでしまい、タイプとか、あるいは古い意味の「性格」の描写を始めてしまう。その結果、その人の特別な唯一性は私たちからするりと逃げてしまう。(ハンナ・アレント「人間の条件」ちくまP294~295)」



あとは、自分で考えてね。
おそらく、それぞれの答えや意見がでてくるはずなので。
意味がわからないところは説明します。



いくつか、先生とも個別に話したりして、興味を惹かれたものがあったのだけれど、
今回の引用メモはここら辺で。

そう。6月は、色々な「たいせつなこと」を感じた月だったように思います。
なんていうか、これから勉強で培ったあれこれを忘れたとしても、
これだけは大切にしていきていきたいな、っておもうようなこと。

なにかって?

一番重要なことは、人には教えないものです。内緒。
(もう、ある人にはうっかり言っちゃったけれど)


ここで言いたいのは、二番目のこと。


つらい時、悲しい時、元気がもらいたい時。
元気をあげたい時、会えないあの人に会いたい時。
空を見上げよう。
空を見上げて、同じ空の下にいる、あの人を想おう。



です。

当たり前のことなんですけどね。ごめんなさい。


でもね、いつものようにベランダに出て、空をぼーっと見上げていた時に思ったんです。


あー、空にはどうやっても壁が作れないなぁ、って。


だったら、空を介在して、私と、私の大切な人たちはいっつも繋がっている筈。

わたしとあなたが会えないのは、物理的な壁のせいじゃない。

やっぱり心の壁なんだ、って。

ぼやーっと思えてきたんです。


うまく説明がつかないけれど、
心の問題なら、
物理的に離れていても、
空を見上げて、同じ空の下にいるはずの人を思えば、
それは逢っていることにもならないかな?

もちろん、実際に逢うことのほうが、ずっと、ずーっと大きいことだけれど。
空を見上げて、遠くの人のことを思うことは、とってもちっぽけなことだけれど。

例えば、物理的に簡単には会えなくなった友達を思うのには、
とても適しているように思ったんです。


あぁ、この空の下のどこかで、きっとあの人はお仕事をしている!

あぁ、この空の下のどこかで、あの人は今、苦しんでいる。

あぁ、この空の下のどこかで、あの人はきっと、笑顔でいる。


こうやって、空を見上げながら、遠くの人たちの頑張りを思って、自分を励ましたり、
遠くの人たちの苦しみを思って、自分の中の小さな祈りを捧げたりすると、
なんだか、自分は一人なんかじゃないんだ、って気さえしてくるんです。

不思議なんだけれど。
うまく説明がつかないんだけれど。


だから、最近毎日、空を見上げています。

今日も、明日も、これから先も、
私は、いろんな人と繋がっている、って信じさせてくれる、
小さなおまじないみたいなもの。


これが大事にしたいことの2番目のこと。


んー、なんだか節操ないなぁ、6月。
実は金曜日に報告があるのですが、まだ真っ白です。
どうやって切り口を作っていこうか、悩んで悩んで・・・。
明日明後日が正念場。頑張ります。
by chihiro_1984_20xx | 2007-07-10 18:39 | 詩・言葉

赤いワインと社会の虜囚の物語。

妙にだるさを感じるのは、
雨のせいなのか、昨日のワインのせいなのか。
今日も福岡は雨です。

昨日、弁護士さんが先生の授業の飲み会があって、
セレブなお店でお料理とワインをご馳走になったのでした。
雲丹が美味しいと思ったのは初めてでした。
おっきいグラスでワインなんて初めてでした。
セレブ~(←単純な思考)。

でも、ワインは美味しいけど、私にとっては曲者です。
昨日は英会話ラジオ聞きながら寝てました…。
気がつけば高校講座になってた。無念。


サリンジャーの「ナインストーリーズ」を読んでいます。
短編集です。
恥ずかしながら、サリンジャーは未読でした。なんか気が乗らなくて。
でも、今読んでいるお陰で、色んなことを感じれているのだと思います。
社会学的に読める、これ。
その所為で一話読むごとに打ちのめされています。
サリンジャーas安部公房、って思えてきてしまうのは間違いでしょうか。


むあー。

あ、

この間打ちのめされた授業での失敗のひとつですが、立ち向かってきました。
セレブな飲み会の前に行われた授業で(しかも今回は事務所にて開催)。
指摘されたところを調べて、今度こそ打ちのめしてやる、
とばかりに更に先生にぶつけてみました。


更に打ちのめされました(苦笑)。


結論としては、自分が拠った論が理論的には構成できるものであったとしても、
もはやそれは、「失われた過去の理論」であって、現在の理論の流れにおくには弱い、
ということでした。
ぎゃふん。
でも、やるだけやって、しかも、また一つ、考え方の幅を拾うことができたんで、
なんか今回は清清しい負けでした。
いやはや、勉強になった二週間でした、

まだまだ未熟なところもたくさん発見したし。負けてられないです。


次は勝つもん。

そんなこんなで、来週は今期最後の報告!論文コピーしにいってきます。ちゃお。
by chihiro_1984_20xx | 2007-07-06 14:22 | 今日のできごと

ダライ・ラマに恋して

人生二度目のビリヤード。完っっ全にビギナーズラックでしたが、愉しかった。
キューを打つ手は「打ちやすい方」です。両利きってこういうときに便利~。
ビリヤードができるお友達どしどし募集中。


久々にエッセイなんぞを買いました。題名に惹かれて。



ダライ・ラマに恋して
たかの てるこ / / 幻冬舎
ISBN : 4344006755
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著者が、チベット、インドを旅して、
最後はダライ・ラマ法王に謁見なさるまでの旅道中エッセイ。



告白します。


法王謁見直前から、謁見中のあたりで、むせび泣きました。



別に感動的描写があったわけでもなんでもないんですが。
むしろ、爆笑珍道中エッセイの類の文章なんですが。
この本に限らず、チベットや法王に思いを致すといつも胸がいっぱいになってしまう。


前世は絶対チベット民族だったんだと思います。
今生中にも、一度は行かなきゃ。
来年の夏にいこうかな。いきたい。学生ツアーで。
中国領じゃないチベットの姿を本当は見たいんだけど(外国人は無理なんです)。

もちろん、チベットに興味ない人でも、チベット仏教の考え方は学ぶべきが多いと思います。
おすすめの本です。良い本でした。
この方の別著「キューバでアミーゴ」も非常に気になっております。
by chihiro_1984_20xx | 2007-07-04 18:44 | 読書