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決定版 ほんとうにわかる管理会計&戦略会計

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<   2007年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

LV23

c0048381_20314288.jpg

報告で、迂闊な間違いをした。

弁護士さんがしてくれている授業で、条文を正しく理解していれば、起きないミスだった。


私は六法を先に参照することなく、テキストや解説書が書くがままに、疑問もなく、その『お門違い』の内容を掲載した。

また、別の所では、自分が理解しているつもりなだけの内容を記載した。
先生から内容の解説を求められた際に、言葉に詰まった。
瑣末な点だと、二次引用を許した点だっから、尚のこと、大問題だった。

ミスリーディングを起こしているところもあった。

プレゼン段階で、レジュメにかじりついて、自分の言葉を使う量が圧倒的に少なかった。


慌てずに完成したし、誤字も訂正する暇もあった。
自分ではできたつもりだった。
きちんとまとめたつもりだったけれど、力量不足と、自分の甘さが、ミスを招いた。
無駄な時間を使ってしまうことになった。


本当に、『つもり』だけだった。


勉強不足なんじゃなく、物事に対する自分のツメの甘さだ。


正直、めっちゃ情けない。

いや、恥ずかしい。

まがりなりにも院生として、学ぶ以上に、研究している立場になったというのに。
責任感の欠如もいいところだ。


めっちゃ悔しい。



うーー。
悔しいーーーーー!!!



悔しいから、授業後すぐ図書館に走って、問題を潰した。


間違いは訂正すればいい。
間違ってた理由を見つけだして、次しないようにすればいい。

今度こそ、だ。
負けるもんか。


『きわめて明白に希望なき状況でも個人はつねに何かをなすことができ、
それゆえ責任を免れることはできない』
マーガレット・カノヴァン「アレント政治思想の再解釈」

闘います。自分と。



写真は悔しさのなかで見上げた空。
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-28 20:31 | 今日のできごと

ムラサキとキイロ。

ちひろですよー。おにゃんー(意味はない)。

つ、疲れた。
昼ちょい前に出勤して、今までひたすら明日の授業のレジュメ作り。
疲れたって言うか、飽きた。

一日デスクにかじりついて、パソコンと対峙っていうのはなぁ。
なんだかなぁ。

脳みそが疲れる前に、目が疲れてます。


ん?


今日は独白バージョンです。
多分、疲れすぎてます。

もう、被疑者とかなんだとか、接見交通権がどうだとか、
要件がどうとか、国際規約がどうとか、考えるのがきつい。
むしろ思考のスパイラル。容量オーバー中なので、クールダウンせねば。
私の肘下にはたくさんのテキストとコピーがありますが、軽く無視します。
今だけ。


これ見てる皆さん、元気してますかー?
ご飯食べてるー?勉強してるー?
落ち込んでないですかー?フラストレーションたまってないですかー?

ここ見てくれてる人たちで私が把握している人たちは、
大概自分を省みない優しい人たちなので、
自分第一の優しくない私は心配しておるぞよ。

いっつも心配だけして、私からは何もしないんですがね。
いかんよね。
でも、連絡は大歓迎だから!
聞くだけなら私でよければいくらでもするから!
王様の耳はロバの耳ーって叫ぶ穴ぐらいにはならせてくださいな。

って、何を書いているのやら。
でも、本当に一日一回ぐらいは皆さんを順繰りに想ってますよ(←怖い!)


や、やめよう。


最近…というか、去年の夏ぐらいからね、黄色が気になってます。

夏になると、黄色がすきになります。
いかにも、な目に痛い感じの黄色は相変わらず苦手な色なんだけれど、
レモンイエローやら、ひよこ色みたいな、
淡くてかわいらしい感じ、だったり、自然な感じだったりする黄色。
ふわふわ~な黄色が、かなりいいと思うようになってるんです。

気がつけば夏物イエローばかり(苦笑)


んでもって、
この黄色と、昔からすきな紫色の組み合わせが、
私にとって、たまらなくすきな感じなんです。
もちろん、主張のある色同士だからバランスいいことは大前提だけれど!

なんだか、合わないんじゃないって最初は思ってしまう不思議な組み合わせなのに、
うまく合ったときにはものすごく素敵な感じで、いつも魅了されています。

ただ、そんだけ難しい組み合わせだから、市井でも出会うことはあんまりないんだよね。
みつけたら、情報プリーズ。


とかなんとかいうことを、
今日学校行く時に空き地で飛んでたモン「キ」チョウ見ながら想ったのでした。
そんな私は友人に言わせれば「モンシロチョウ」よりむしろ「夏の夜のアゲハチョウ」だそうです。
妙にしっくりくる(笑)


なんだか、無駄に書き連ねてしまったなぁ。
でも若干すっきりした!
このレジュメ作り終わっても、また月曜日の発表の準備もせにゃぁならんので、
そろそろ戻ります。


うー、しゃぁない。

早く終わらせよー。んがー。

では!



P.S. ぶーたれてはいるけどね。
    幸せです。この身分。すきな勉強をすきなだけできる。
    でも、あなたもそうでしょう?
    すきなことをするために選択して、今の位置にいる。
    それなのに、まだまだ不満が尽きないって事もある。
    でもさ、考えてもみて?
    なぜ不満なのでしょうか?
    不満ばかりだけど、悪いばっかりでしょうか?いい面は何もない?
    それは解決・解消できないのでしょうか?

    もちろん、この世界にはどうすることもできないことがたくさんある。
    だから、全部が全部、あてはまるってわけじゃないけど。
    
    あきらめていいもんでもない。
    自分の世界だもん。自分が選んだ世界だもん。

    不満のエネルギーを、現状打破の努力のエネルギーにかえるのだ。

    もちろん、これも独白。自分に言いよるよ。
    人が読むってわかっているのに、自分に言う、なんて。
    なんて我侭なんだろう。
    だって、嫌なもやもやする事もあったんだもん。

    こんな日もあるさ。ごめんね。

    ぶーたれて、べそかいて、もがいてもがいてもがいて、
    自分で自分の価値を高めるの。頑張ろう。
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-27 18:49 | 今日のできごと

すきなものはすき

すきなものはすき。

そう思える瞬間があることは、
とてつもなく幸せなことです。

お腹が空いて空いて、仕方がなかったときに
口にしたチョコレートのおいしかったこと!

インスタントだけど、
ちょっと贅沢なブルーマウンテンブレンドを淹れたときの
琥珀色のコーヒーの、味と香りが素敵だったこと。

言葉にできない切なさで、
どうしようもなくて仕方がなかったときに、
偶然に流れてきた音楽が美しかったこと。


ちょっとした時に感じられる、
あぁ、やっぱりすき、って気持ち。

すき、の気持ちの再確認は、
私に活力を与えてくれます。


今日、まさにこんな気持ちだったのです。
こういった見逃しがちな気持ちを見つけた、
このDiscoveryの喜びも、
私にとっては「すき」って思えるもの。
真空パックには入れれない、稀有なものじゃない?

よーし。
今日あった嫌なことは、ちゃんと反省して、
明日もまた頑張ろう。


いろんな物や人に、今日もありがとう。だいすきだよ。
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-25 19:42 | 今日のできごと

07/6/25

どれだけ自分が「今」感じた気持ちを覚えていて、人に出会ったときに再生できるか。
人の間にいる人の価値はそれで決まる。
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-25 01:29 | 悟ったこと(気持ち・覚悟)

哲学者と女

ご無沙汰しています。ちひろです。

ここ数日、各方面の、一部の奇特な方々から、
このブログの更新を楽しみにしてくださっているというのを聞きまして、
それならば更新しなくては、と若干焦ってキーボードを打っている次第であります。
いつもは書こうと思う衝動が先にあるのですが、今回はそういう次第なので、
今日は若干落ち着いているやもしれません。まぁ、たまにはソフトにいきましょう。


先日、私の中の数少ない「いいをんな」から、「いい、おんな」と言われました。
お世辞でしょうが、やっぱり、自分があこがれる女性から言われるのは、
光栄なことだと思いました。

「いいをんな」。

巷の女性誌ではこぞって「いい女」を目指すための彼是が書き連ねられています。
ミクシイの「いい女」を目指すコミュニティには、わんさと参加者が集まっています。
美肌、小顔、ダイエット、ファッション、キャリア・・・
そのどれもが、「モテ」だったり「人気」という目標に翻訳された、
「いい女」をステレオタイプに描き出し、めざしています。

たしかに、これらを完璧に備えた女性は「いい女」なのでしょう。
むしろ、普通の男としては到底手出しができない、完璧な女としてのひとつの「存在」。

でも、「いいをんな」ではない。
私は、「いいをんな」というものは、
それ以上の何かがあるのではないかなぁと思っているのです。
言葉で捉えられないけれど、圧倒的な、匂い立ってくる、何か。


じゃあ、本当に「いいをんな」は、どういう存在で、どこに居るのでしょう?


そんなことを思っていた最近。
映画「ヴィトゲンシュタイン」をたまたま見たのでした。
哲学者ヴィトゲンシュタインの伝記的作品でした。
ヴィトゲンシュタイン、彼は、論理によって世界の総てを捉えようとしたし、
そもそも論理による世界が、「この世の世界の総て」と思ってもいた。

おそらく、初期の彼は致命的なミスを犯していたのだと思います。
他者の持つ論理世界の存在。

彼は誰よりも排他的で、その上孤独感と闘っていた人であったようで、
それ故に、彼が理論として世界を捉えてしまえば、
それは世界総てにとって共通のものとして現れるものである、と、
頑迷に主張してやまなかった。

でも、それは矢張りおかしい。
論理や言語によって規定する世界を前提とするのであれば、
そのようなツールによって認識され、切り出してくる事実というものは、
百人百様であり、世界はその意味でひとつではないはずです。

物事は見える角度によって、認識するものが違う。
その意味で、各自がもつ世界の「集合」は完全には重なり合わない。
重なり合わない世界があるからこそ、
人間は「唯一性」を持つ、との主張も可能だし(H.アーレント)、
重なり合わない部分同士の摩擦によって、
人間同士が言語や論理を再び介在させて、世界を繋いでいくことができる。

ヴィトゲンシュタインは、論理世界についての探求を主に行っていたけれど、
人間の世界には言葉以上の世界があるものだし、それについて、

「語りえないことについては人は沈黙せねばならない」
" Wovon man nicht sprechen kann, darueber muss man schweigen."
「論理哲学論考」


として、哲学的「エンド」をつけてしまうのはどうなのかなぁ、と思うのです。
(こうも思うけれど、個人的に、ヴィトゲンシュタインの考え方は非常に親近感を覚えます。
えぇ、とても)

映画の中で、ヴィトゲンシュタインは師であるラッセルの妻と語る場面が出てきました。
会話の内容をもう思い出すことはできないのですが(残念、書き留めておけばよかった!)、
論理による世界を深く思考するヴィトゲンシュタインに対して、
婦人は世界に対する感覚的な感想を述べていました。とても簡単で、明快な。


哲学者が捉えようとする世界に、「いいをんな」はありえない。

でも、世界には「いいをんな」が確実に存在する。


このシーンを見たとき時、ふと、「いいをんな」の姿が現れてきたのでした。


「いいをんな」は、哲学者の言葉と言葉の間に漂っている。


なんとなく私はこう思いました。
だからこそ、雑誌や周囲の言う「いい女」には「いいをんな」は存在しない。

皆さんは、どう思われますか?

ちょっと、自分でも混乱してきたからこの辺で。
矢張り無理して書くものではないですね。
引っ込みがつかなくなって、とにかく書いてみました。
機会があれば推敲させていただきます。
ではね~。
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-21 20:18 | 映像(映画、TV番組)

SCREAMING MASTERPIECE



スクリーミング・マスターピース


見たい~。けれど福岡に来ない…。んもう!
予告映像が素敵で鳥肌が立ったのでリンクメモ。


北欧は死ぬまでに一度はいかなきゃねぇ。
音楽とインテリアと、天使の涙に大空のカーテン。いきたいなぁ。。。


ということで、今日はビョークとシガーロスの日にします。むん♪
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-15 13:03 | 映像(映画、TV番組)

いわない関係

あはーん。

久しぶりです。ちひろです。

折角再開したのに、ご無沙汰ですみません。
元気ですよ。
色んなことがあって、色んなことを考えて、
んでもって、これからも色んなことがある予定です。
ブラのサイズがやっと落ち着いたり(笑)、
ようやく髪を切りにいけたり(今度行きます。は、半年振り!)。
ささやかだなぁー(勿論、大きいこともありますよ)。

うひゃ。

相変わらずです。


そろそろ名言がたまってきたので、ここらで放出したいと思います。
一ヶ月ちょい振りなので、いっぱいありすぎるのですが、
刑事関係のマニアックなやつではなく、一般化可能なものを中心に…できたらいいな。

ではでは、れっつごー。


「「共通世界」への関心、他者へのパースペクティブを考慮に入れることによって他者の立場にあったら事柄はこのように違って見えるかもしれないという仮設的な思考における幅が、私たちの判断にそれだけの妥当性を与える。逆にいえば、普遍的妥当性への要求はある種の傲慢(ヒュブリス)をともなっている。(斎藤純一『公共性』(岩波書店・2000)51~52頁参照)」



「人間の認識が言語によって行われ、決して「完全」ではあり得ないという前提に立つならば、理論によって現実を切り捨てることを避けるべきであり、また同時に、世の中の「事実」の認定につき、常に謙虚でなければならぬことだろう。(うちの大学の学内ニュース誌に、退官された教授が寄せたお言葉の一節)」



「自分の論が誰かの理論の『カラクリ』に埋め込まれた、『想定された枠内』のものになってやしないか?(私が今一番敬愛してやまない人が、学生の論文指導で放ったお言葉)」



私は、誰に対しても何に対しても、世界以上に自分自身の価値観さえも疑っています。

自分の価値観を持つことは大切だけれど、自分自身の価値観に絶対の信頼を置いてはいけないと思うんです。

自分自身は、「恵まれている」面がたくさんあるだろうし、「恵まれている」方から「恵まれていない」方に対しての思いやりをもつことは、真の理解ではないし、傲慢だと思うから。
自分自身の感情と結びつく価値観こそ、何よりも傲慢で一面的なものだと思うから。
自分自身の傲慢さを理解したうえで、他者の存在や事情を理解した上で、
押し付けではない何かの方法を考えていくことが、本当は一番大事なことだと思うのです。
うまくいえないけれど。

でも、そう思っていたとしても、私は「完全」でないし、
知識の浅さから、検討すべきことすらも当たり前のこと、当然のこととして切り捨ててしまって、
早急に答えを出そうとしてしまうこともある。

そんな時に遭遇するこれらの言葉たちは、もれなく私の頭を引っぱたきます。

「おい、目を覚ませ」、と。

叩かれた私自身が、
すぐに軌道修正できるわけでも、
全部が全部に納得できるわけでもないけれど、
少なくとも
「あぁ、自分が今、進んじゃいけない方向へ進んでいこうとしていたんだなぁ」
って思えるから、
こうして引っぱたかれることもたまには大事なことなんだと思います。


人間として生きていくうえで、皆に必要なこととかってわからないけれど、

やっぱり私は、「自分自身」と「自分自身を取り巻く社会」について、
考え続けながら生きていきたいと思う。

「考えない人生」も、送ろうと思えば送ることはできるけれど、
私には、意味がない。
そんな生き方で10年生きながらえる位だったら、
2年間、考えて動いて子孫を残して、死んだ方がよっぽどいい。

ただ、そうは思っていても、私は時には迷う。
考えの行き止まりにぶつかって、もうやめたいって思うし、
その上、人よりストレスに弱いし、落ち込むし。
最悪、死にたくもなる。

そんな時、出会ったのがこんな言葉達。



「うろたえるな!思考を止めるな!生きることを諦めるな!」


「「有得ない」なんて「有得ない」」


「自分に都合の良い所だけ見て、それで済ませて良い訳がない(以上:鋼の錬金術師(!)10巻(のはず))」




もう、ガツーン、でした。
多分、逼迫したシーンで出てきた言葉だったからでもあるんでしょうが、
自分がいかに甘えていたかを、これらの言葉によって痛感させられます。


かの昔、ルソーは
「自然が人間に与えた不平等を超えて、平等を創出せよ。」



といいました。
このおっちゃんは、自然状態において=不平等、ってことまで突き詰めて考えて、
その上で、尚、諦めることなく「平等」を描き出そうとしている。


「あなたは恵まれたものをたくさん持っている。「恵まれていない」人の「数」をご存知?」



「したくないというのなら納得します。ですが、負けるのが嫌で再出馬しないのであれば、大統領、あなたを軽蔑します。(TheWestWing 2ndseason#22)」




それに比べて自分は、ずいぶんちっぽけなことで立ち止まっているのですよね。
まだまだ、自分自身に諦めちゃいかん、と思うのです。



うだうだ考えて、この一ヶ月で、今の私自身に至りました。
そんな一番最近、わぁ、これはベスト1だ、って言葉に出会いました。
私は、多分当分はこの言葉で心と頭を保てるってぐらい、素敵な言葉。


「いいことを教えといてやろう。俺が学部の授業の一番最初と最後でいつも言う言葉なんだが」

「世の中が単純に見えるのは、世の中が単純だからではない。その世界が見えている奴の、自分自身の目が単純なんだ。」


「覚えとけ」


こちらも先述の最愛の先生のお言葉。
むはーん。ジュテーム!
(どうでもいいけれど、むはーんとか、あはーんとか、友達につっこまれたよ。
こんな言葉が使えるのは私ぐらいしかおらん!って・笑)

なんだかんだいったって、やっぱ愛の力のほうが強いってわけか?

そんなこんなで、愛の病に浮かされている私は、
がんばる気力を今日も燃やすことができるのでした。
まぁ、いいたい。がんばろう。
by chihiro_1984_20xx | 2007-06-06 14:22 | 詩・言葉