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決定版 ほんとうにわかる管理会計&戦略会計

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思考を鍛える論文入門

思考を鍛える論文入門
神山 睦美 / 筑摩書房
ISBN : 4480062041
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なんとなく、文章を書くためのテクニックを知りたいと思い、買った本。
しかし、とても有益な本との出会いでした。


とかく「日本人の教育(一問一答式)」を受けてきた私達は、
A=Bという答えを求めがちだけれど、
物事は、A=・・・・・=Bの、・・・・・の部分が重要だったりする。

なぜなら、
論文を書こうとか、感想を書こうとか、
何か、物事を伝えようとするときに、相手が納得するのは、
この、・・・・・の部分があってこそだからだ。
それだけ、・・・・・の部分は重要なのである。


では、この・・・・・の部分を、いかに説得的に書くか?


それは、意外と簡単なことなのだ(そうだ)。

本書の冒頭で、文章には
・明確な問題設定と、
・正しい知識の引用、
・文章力(論理構成力)、
の3点が、特に必要とされる、と説く。

問題設定が明確になっていないと、何について言いたいのか、読者はわからない。
本質を捉えた問題設定になってこそ、説得的な文章は構成されゆくのだと思う。

知識の引用によって、文章に厚みが生まれる。
それが、正しい解釈、正しい選択であればあるほど、
本質と、自分の理論とがきちんとリンクしたものであるかを証明し、論拠を生み出す。

そして、上記の2つの能力を使いこなすだけの、十分な文章力があれば、
更に文章は、読みやすく、他者を納得させるだけのものになるであろう。

どれかひとつが欠けても、文章は、人を納得させるものにはならないのだ。
逆に、これらが揃えば、人に伝わる文章になるということである。



しかし、このセオリーには、一番の問題がある。


一体何を問題点にしたらいいのだろう?と問題設定する時点で途方にくれた時はどうしたらいいのか。

例えば、
「隣の彼なんて、どうよ?」と聞かれた時でもいい。
相手から問われた質問の意図が読めないばかりに、返事をするのに非常に困ってしまう。
しかし、返事をしなくてはならない状況の時が、誰にでもあるであろう。
そんな時、私達は、何とか、自らの着眼点を探して、自らの理由を付与して返答する。

「身長が高い、収入がいい、性格がいい、だから、いいね」だとか。
「髪の毛がきれいだし、いいにおいがする、だから、いいね」だとか、
「ちょっと傲慢なところがある、だから、だめだ」とか。

つまり、
どう返事をしていいか困った時、

書き手である「私」は、どこに「問題意識」を感じることができるのだろうか?

ということが、返答にとって一番重要な足がかりになるのである。


「彼、どうよ?」のような、どうにかなるものならば、まだいい。
異性についてならば、誰しも、ちょくちょく考えるであろう。
考えたところから、返事のしようが、まだある問題だからである。

しかし、これが

「生きることについて、
キリスト教観と仏教観とを対比させながらあなたの考えることを述べなさい」

だったら、どうだろうか。

全く、考えるきっかけがなかったら、返しようがない。ぐうの音も出ない。
しかも、考えていけばいくほどに「本質」的な問題で、足がかりがないように感じてしまう。

本書では、このような足がかりが見えないような問題に対して、
いかに自分で問題設定して、答えを出していくか、
といった、思考の道筋の立て方を指南しているのである。



カント、ヘーゲル、ニーチェ、・・・多くの思想家達が登場し、
それぞれの章ごとに立てられた問題の持つ、「本質」の部分とは何かを説く。
それらを知ることによって、今までは考えることができなかった問題に対して、
思考が動き出してくるのがわかって、本書は非常におもしろい。

原罪意識、輪廻転生、、、、それら宗教観の持つ死生観とは、
じゃあ、自分の死生観は何だろう、
そもそも、生きているって何だろう、
最初は何も手につかなかった問題が、
いつの間にか、多くのアプローチの可能性にあふれるのである。


あとは、本書が冒頭で示した通りに、
3つのセオリーを駆使して文章を書けばいいのである。
(これらの構成能力は、他所で鍛錬を積む必要があるが)

そうすれば他者に対して、A=Bの自分の意見を
しっかり、はっきり伝えることができるのである。

本書は、ただ、テーマに大して「本質」の部分をどう考えていくべきか、といった問題に、
一つ一つ論を展開しているに過ぎない。
しかし、本書自体も、
文章を書くための「本質」的な部分について言及しているため、
いつの間にか、文章を書くことのテクニックまで、
知らず知らずのうちに指南されていた。

同時に、
それぞれのテーマが違っているのにも拘らず、
本質的な部分で抱えている問題は共通しているのだなぁ、ということまで気がつかされる。


そのような意味で、私にとって、非常によい学びになりました。
文章を書くための、本質的な部分と方法を併せて学びたい方に、お勧めだと思います。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-08-26 00:15 | 読書

コギト エルゴ スム

コギト エルゴ スム 【我思う 故に 我あり】:デカルト


ここんとこ、家帰ると胃が痛い。
原因は、試験が近いからでしょう。

いつのころからか、
何らかの「決め手」となる時のことを考えると、失敗した姿しか浮かんでこなくって、
緊張、緊張、緊張。
そうして、本当に失敗したことが、過去にいったい何度あることだろうか。
つい最近も、電話相談の講座で、大失態。
そういや、自動車学校の先生にも言われたっけ。
「できるんだから、自分に負けるな」って。

もっと、強くなりたい。

生きるために、獲れるものは勝ち取らなきゃいけないと、毅然としていたい。
誰かを守れるように。


院を受けるにあたって、なんで私は、
「こんな道」を歩むことになったのだろうか、と、
最近、ぼんやり考えている。

私の「主旋律」はどれなのだろうか、と、
そして、それ以外の旋律に、なんと言う名前をつけて、
私自身を構成する、「どこ」においてあげたらいいのかと、
ぼんやり考えている。

一番したいことは、何なのか。
そんなことを、考えている。

そして、
やっぱり思ったのは、
誰かの力になりたいな、人に関わって生きていきたいな、ということだった。


中学校のころから、志していた道。
大学3年生で、私は逃げ出した。

目先の楽さに逃げ、身近な人たちの彼是を言い訳にし、
就職活動を、「そこそこ」して、そして、結局、罰が当たった。
もしかしたら、7年分の憧れが、いつの間にか私の目を眩ませて、
現実というものと向き合う力を失わせていたのではないかと思う。
戦うことをせずに、私は逃げたのだった。

一年間、戻るのに時間がかかった。
たくさんの、「なにもない時間」を、本当に、
自由に色々なことに使って、
色々な人に出会って、話してみて、
いろんな人生に触れてみた。
みな、「明日」を夢見ていた。強く「明日」を待っていた。
どのような根拠であれ、「希望」に満ち溢れていた。

逃げ出した自分自身を、強く恥じた。
もう、人生の先の先まで見通せちゃっているよ、
そんな言い訳がましい自分に気がついたのだった。
そして、何かを、まだ、やり直せるならば、やり直したいと、強く思った。

教授が、言葉を、
両親が、支えを、
友人が、安心を、
その時、目標にしていた人が、勇気をくれた。

それらのものを力に、私は、多くのものに、頭を下げ、今をもらったのだった。

そうだ。忘れていたことだった。大事なこと。

元の道であり、新しい道に乗っている私である。

じゃあ、何ができるのだろうか。
ちょっと、途方にくれた。そして、探してみた。

私は、喋るのも、聞くことも、幸いながら、結構、すきだ。
「こういう生き方もあるんだ」って、人の生き方を受け止めることも、今のところは、幸い、できる。
何かを、相手が欲した時に、渡すことができる知識も、少しなら、ある。
そして、何より、死なない勇気を、ほかの「弱い人」よりは、持っている自信がある。

ならば、それらの「能力」が、誰かの役に立てば、いいんじゃないかと思った。
自分のこれらの「感性」を使って、実務の世界で、「人に関わって」、仕事をしたい。
そう、思うようになった。

じゃあ、誰と関わって生きていくべきだろう。

そうした時、私にとって、常に身近にいたのが、
「ちょっとだけ、主旋律を失敗した人」だった。
私がしている学修で、一番身近にいたのは、
ちょっとだけ失敗した人で、法律に引っかかってきた人たち、だった。

自分の、学びを生かして、じゃあ、そういう人たちと関わって生きていけるようになりたい。
そう思うように、今はなった。

何でもいい。どんな仕事でも。
本当に、この願いがかなうのなら、私は、慎ましく、謙虚に、仕事をしていこう。
一仕事人として、感謝して、仕事につこう。

そのためにも、今の私に絶対的にたりないものを、院で見つけよう。

院に入るために、もう少し、もう少しだけ、自分ががんばれるように。
大切なことを忘れないように。
がんばりたい。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-08-25 00:57 | 今日のできごと

ばらの花

ハチクロ、最終回だったんだね…(今月号のコーラス)。

昨日、本屋さんで立ち読みしちゃった。

泣きそうやった。

んで、自転車こいでたら、
竹本くんの気持ちがじわっとリンクしてきてしまって、
涙ぐんでしまった。

思わず口をついて出た、くるりの「ばらの花」を歌いながら帰った。

 だけどこんなに 胸が痛むのは
 何の花に例えられましょう


青いなぁ。

眩しいなぁ。

短いなぁ。

でも、幸せなことだなぁ。



今日、宝塚グラフを久しぶりに立ち読んだ。

5年くらいご贔屓だったトップ二人の、
最後のステージ写真が掲載されていた。

彼らのデュエットダンスが、

とてもキラキラしていて、

とても素敵で、憧れていたのに、

もう見られないと思うと、寂しくなっちゃった。

でも、何となく今日は、受け入れることができたんだ。


なんか、切ないことと、幸せなことは似ているね。


でも実は、こんなに胸が痛むのは、

上記の2つからの影響が決定打なわけではなくって。

今日の朝日新聞の夕刊の加藤周一氏のエッセイが、

とても素敵だったからなのです。

生と死についての、何とはなしの随想だったのですが。


うん。


ヴィトゲンシュタインや、孔子のように、

死を、「語りえないもの」と捉えてしまっちゃうことは、

人間にとって、分相応なことだと、私は、思う。


とても、自然で、よい文章で、

でも棘が、ちくりとしたのでした。


驕らず、謙虚に、今日も戴き尽くすとしよう。
あといちじかーん。短いよ、一日。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-08-23 23:06 | 悟ったこと(気持ち・覚悟)

娼年

娼年
石田 衣良 / 集英社
ISBN : 4087476944
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今日、証明書関係を取るために学生係で手続きをしていたら、
そこにたまたまぴろこ登場(運命!)。

引越しを目前に控え、要らなくなった本を売りに行くとの話を聞き、
それならば、古本屋よりは高値で買ってあげようと、
数冊、頂いてまいりました。

んで、読んだよ、いしだいら。

最近テレビメディアでの露出のおおい、いしだいら。

なんだか、この世の良識のような顔をして、
普通に、色のないコメントをしているのが、
なんとなく、気に食わなかった私です。

だって、色のない言葉は、いしだいらが言わなくっても、
どこかの誰かが必ず言うのだもの。
(だけどテレビは、そういう色のないコメントが重宝される…のでしょう)

そんな、個性とは程遠いこの人が書く本は、
きっと「そんなもん」なんだろう、なんて思ったりして、
最初から敬遠していたのでした。


読書時間、1時間半程度。

感想としては、うん、おもしろかった。
設定、かなりすき、落とし方も、かなり私好みでした。
でも、「本質」の部分がいまいち、真新しさも、いまいち。
そんな本だった。

エロゲーのシナリオ小説だって、この程度の「本質」ならば持っている。
それに、この手の性描写に興奮したいのであれば、
この本よりも、その手の小説を読んだほうがよっぽど淫猥だと思う。

もしかしたら、欲望とかいうものの深淵や、情熱の形だとか、
何か伝えたいものがあったのかもしれないけれど、
なんだか、全てにフィルターがかかっていて、
すごく気に食わなかったです。

ただ、中学校の頃に出会っていたら、どうだろうな、と思う。
まだ、こころの色々な動きに、
一つずつ名前がつけれるってことをしらなくって、
ちょっと歪んだ描写や、社会からの逸脱に、
変に興味を持ったりしていたあの頃だったら。
多分、好きになっていたのかもしれない。

そして同時に、今の私には、
とても好きだけど、足りない人なのだなぁと思う。
おそらく、私にとっては、
「振り返った先に現れた人」だったのだと思います。

何度も言うようですが、
子供できたら読ませてもいーとは思う。うん。
私にとってタイミングが悪かっただけ。

ごちそうさまでした。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-08-22 22:54 | 読書

Thinking About You

こんばんは。

今日の日記は、ネガティブなことを書いていますが、
気持ちがネガティブなわけではなく、
まったくもって元気です。
ただ、面白い現象が起こったので、
書き残しておきたいなぁと思ったので、書いています。

そこんとこ踏まえて、では↓



今日、珍しくひどい気持ちに苛まれて、
やばいかも?という感じになった。
最近は、コントロールできるストレスはあっても、
不可抗力の病気みたいなのはすっかりなくなっていたのに、
そっちの感じのひどい感じで。

ここ最近の夏の夕方、自分の部屋に居ると、
不謹慎だけれども、たまらなく死にたくなっている。

夕日が差し込んできて、風邪が通り抜けて肌をくすぐって、
蝉の声と、iPodから流れる音楽が、胸をいっぱいにして、
私の脳は、次々といろいろな思い出を引きずり出してくる。
私の意思とは裏腹に。

思えば、夏には思い出がありすぎで。
ひとつ思い出せば、二つ三つと思い出が這い出してくる。
そのどれもに、因果があるように感じられて、
「私はいったいどこで間違えたのだろう?」なんて、考え始める。

過ぎ去った時間が、断片的にやってくる。
それは、正確なことすら覚えていないけれど、強烈なフラッシュのように去来する。

そして、ひとつのシーンに行き着く。
ばいばいと、手を振り合って別れたあの日。
そうだ、最期に別れたのは、夕方だった。
自転車に乗って、互いに家路に着いたのだった、と。

あ、やばい。真っ暗だ。―この感じ、絶望だ。
そう思った、まさにその時、
シャッフルで聞いていたiPodから流れてきたのは、

BankBandの「to U」だった。

やられた。

***

雨の匂いも 風の匂いも あの頃とは違ってるけど
この胸に住む あなたは今でも 教えてくれる

悲しい昨日が 涙の向こうで
いつか微笑みに変わったら

人を好きに もっと好きに なれるから
頑張らなくても いいよ

今を好きに もっと好きに なれるから
あわてなくても いいよ

***


絶対、「あの子」がやったんだな、と思った。
「ちーちゃん、何考えてるの?」と言われた気がした。
いつもは聞き流していた音楽だったのに、
何故だか、胸がいっぱいになって、
ぼろぼろぼろぼろ泣けてきて、
いつしか、声を押し殺して、泣きはらしていた。

曲が終わる頃には、
いつのまにか厭世観はどこかにいってしまっていて、
妙にすっきりした頭で、今日の夕食のことを考えていた。

昔、松任谷由美の「Hello,my friend」でも
似たようなことがあったのです。
その時は、彼女を忘れそうになっていて、
たまたま聞いていたラジオで流れたこの曲に、
はっと、させられたのだけれども。

なんというか、うまくいえないけれど。

偶然は必然で、

私は生かされていることを、いつも強烈に感じます。


そんな、不思議な今日でした。
明日から、また頑張るぞ!
本当に、ありがとう。

今日の日記の最後の言葉。

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by chihiro_1984_20xx | 2006-08-07 02:31 | 音楽

<奈良高1放火殺人>事件後長男と初面会 父親の医師が手記

<奈良高1放火殺人>事件後長男と初面会 父親の医師が手記


私は、このニュースを読んで、
この少年には、何かができるのではないかと思った。
泣きじゃくっていた少年は、漸く、
スタート地点に立とうとしているのではないかと思った。

罪は罪として、この少年のとるべき責任は、
想像もつかないほど重いとは思う。
でも、贖罪の部分で、
ほんの少しでもこの少年に、可能性の芽があるのであれば、
その可能性を信じたいと思った。
少年法は、
少年をそうして信じるために用意されているのであるし、
可塑性の大きさは、多くのところで実証されている。
できるだけのことは、すべきだと思う。

更生すること、贖罪すること、矯正すること、
それらは必ず、
「少年が社会に戻る」というゴールが前提としてある。
じゃあ、この少年が、社会に戻るためには、
何が必要だろうか。

社会の受け入れ、
家族の受け入れ、
そして何よりも、彼自身が、
もう二度と、
悲しい行為をしないようにならなくてはならない。


社会の受け入れは、
「世論」という社会の理解がいると思う。
でも、少年の周囲の社会では、
友人関係に可能性の芽が、感じられた。

家族の受け入れは、
確かに、お父さん自身の性格や気持ち、存在に
まだまだ課題があると思う。
ただ、亡くなったお母さんの側のご両親の言葉が、本当なら、
ここにだって、可能性の芽があるように思われた。

そして、この少年自身には、犯した罪を自覚してもらえるようになってほしいと思う。大きな失敗を、自覚しながら、悔やみながら、苦しみながら、生きていってもらいたいと思う。
自分自身の過去と、自分自身を自覚できるようになったら、
また、社会の中に戻ってきてもらいたい。
社会の一員として、今度は義務を果たしながら、なんとしてでも、生きていってもらいたい。


歪みを直すことは、歪むことよりも難しいこと。
今後の人生に、心安らかになんて可能性なんか、
ないかもしれないし、死ぬほうが簡単なのかもしれない。
でも、なんにもしなかったら、ここで終わってしまう。
この、一人の少年が、
「母妹殺しのこの少年の性格、状況のまま」で、
終わってしまう。
それは、何の解決にもなっていない。

膨大な時間がかかると思う。一生かけてのことになる。
歪みをを戻そうとするための失敗なら、
何度、失敗してもいい。
一度で完璧なんて無理なんだから。

多くの人たちの力を借りて、
頑張ってほしいと、本当に思った。

この「面会」は、その、スタートなのだと思う。


********

以下、ニュースの内容を転載。


(毎日新聞 - 08月02日 11:31)
 奈良県田原本町で母や弟妹を死亡させたとして高1の長男(16)が殺人と現住建造物等放火の非行事実で家裁送致された事件で、父親の医師(47)が2日、事件後初めて長男と面会した際のやりとりを公表した。付添人弁護士に先月13日の面会の様子を伝えるため作成したメモで、弁護士を通じて明らかにされた。

 奈良県警や地検は、父親の暴力も交えた厳しい指導への反発が長男の動機と見ている。このメモには、父親が暴力をふるったことをわび、「死ぬまで一緒に罪を償うつもり」と語りかけ、長男が泣きじゃくりながら反省の言葉で応えた様子が記されている。

弁護士様

7月13日

(父親の署名)

 お世話になっています。7月13日、事件後、初めて(長男)Aに面会してきました。その時の様子を報告します。

 まず、会ってすぐ、Aは直立して、「ごめんなさい」と謝ってくれました。話の途中からは、泣きじゃくって謝ってくれました。Aはやはり表現、言葉も顔の表情もうまくだせないようです。

 事件を起こしたときも、捕まった後も、人生をほかしている様な感じです。捕まった後、何をしてももう一緒、もし外に出てもパパにしかられるし、自分は外ではもう生きられないと、自分から望みを絶ったのかもしれません。でも、しっかり反省していました。

 面会の後、鑑別所の職員が「まだ1日見ただけですが、お父さんの前で、急に子供らしい感情表現をしましたね」と言っていました。

 Aは父である私の愛情に非常に飢えている様子です。また、友達の友情にも心を動かされるようでした。私はできるだけ頻回にAに会って、少しでも心を開かせたいと思います。

 大まかな話の内容です。参考までに。

 私「パパが悪かった。おまえに度々暴力をふるって悪かった。家にいてもずっとパパに監視されていて、家にいるのが辛(つら)かったやろ」

 A:黙ってうなずく。

 私「暴力ふるったパパを許してくれ」

 A:うなずき、少し涙。

 私「今、何か困っているものあるか? 何でも言いや。服のサイズはあれで合っているか?」

 A:「サイズは合っているし、今は、何も欲しい物はない」

 私「ママも弟も妹も死んでしまった。自分が何をしたかわかるやろ」

 A:「ごめんなさい」泣きながら謝る。

 私「3人とももう帰ってこない。罪を償わなければならない。原因をつくったパパも罪を償う」

 A:「ごめんなさい」泣きじゃくりながら謝る。

 私「Aが牢屋(ろうや)に入っていることだけでは償いにはならない、とパパは思う。それは法律上の償いでしかない。3人への本当の償いは、A自身がちゃんと更生し、人生をもう一度やり直すことが本当の償いだと、パパは思う。Aも自分でどうしたら3人に謝れるのか、罪を償えるのか考えてほしい。Aが出てきても、もうパパは勉強しろと言わない。パパは、死ぬまで、Aと一緒になって、罪を背負って生きていくつもりやし、できうる限り、Aをサポートする。けど、A自身が、自分で考え自分で道を決めていかなければならない。ゆっくり考えなさい。自分で考える道を歩むためには、まず、今現在どうすればよいかを考えなさい。まず、今は一層反省して謝罪をすること。それが償いのはじまりや」

 A:泣きじゃくりながら聞いていた。

 私「Aは友達多かったということを、今回の事件後良く分かった。みんなAのこと思って、嘆願書を書いたり、手紙くれたりしたよ。(友人の)B君本人と、B君のお母さんがパパに直接メールくれたよ。B君『Aは何があっても一生の親友です』お母さん『Aが京都から帰ってくるとき、Bと(友人の)C君がAを迎えに行くと言って警察まで行き、Aが帰ってきても、少しでもAのそばにいたいと言って、雨の中夜遅くまで警察の前で立っていた』そうや。パパより遥(はる)かに友達多い。みんな待ってるで。Aが更生して出てくることを。親友の為(ため)にも頑張らないとあかん」

 A:一層、強く泣き出す。

 私「もし、Aが20歳以上なら、3人死亡しているので間違いなく死刑。しかし、Aは16歳だから、少年法で裁かれる。少年法は将来のある子供を少しでも更生させようとする法律や。パパは、Aがもう一度やり直せる可能性があると信じてる。おまえはまだ若いから、まだまだやり直せる」

 A:泣きじゃくりながら聞いている。

 私「Aは俺(おれ)そっくりなんや。おれの悪い癖そっくり受け継いでいるんや。だからパパにはおまえが何を考えているかよくわかる。でもな、他の人には全くわからへんで。今は涙もろくなったけれど、パパは、心の内を表情に出さないのや。学生の時、先生に怒られたら、必ず言われた。何笑っているんや。叱(しか)られているのに何をにたにたしているんや。とさらに先生にしかられた。自分では何も笑っていないし、先生を馬鹿にしているわけではない。反省しているのに、そんな表情しか出せなかった。Aも同じや。おまえ、パパに似て口下手やろ。おべんちゃらなんて絶対言えない。でもな、警察でも調書取られたやろ。口に出して言わないと、調書に書いてもらわれないんやで。わかるやろ。心の中でどんなに反省してても、口に出して言わないと他の人はわかってくれないよ」

 私「3人に対し、今はどう思ってるんや」

 A:泣きながら、「ごめんなさい。ほんとにひどいことしてしまったと思ってる。僕の代わりに、毎日花供えたって」

 私「わかった」

 私「X(地名)のおじいさん、おばあさん、わかっていると思うけどAとは血がつながっていない、でも、こんな事件を起こしても、おまえのこと孫やと言うてくれているで。夏、山登りに連れて行って欲しかったんやろ。毎年、鮎(あゆ)つりや山菜取りに行きたかったが、パパが許さなかったんや。もっとXに遊びに行きたかったんやろ。パパが悪い、おまえの楽しみを全(すべ)て取り上げていたんや。ごめん」

 私が職員に「手紙のやりとりはできますか?」

 職員「できます」

 A:「パパにちゃんと手紙書きます」

 私「パパも出すよ。XとY(地名)の両方のじいちゃん、ばあちゃんに手紙書いたり。安心するよ」

 私「また会いに来ていいか?」

 A:「会いに来てほしい」

 Aは鼻水垂らしてずっと泣いていました。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-08-02 17:22 | 真面目なこと(勉強、刑事関連)