人気ブログランキング |



by chihiro_1984_20xx

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

ライフログ


決定版 ほんとうにわかる管理会計&戦略会計

カテゴリ

全体
映像(映画、TV番組)
芸術(舞台・絵画など)
読書
音楽
旅(散歩含む)
詩・言葉
バトン
真面目なこと(勉強、刑事関連)
真面目なこと(その他)
悟ったこと(気持ち・覚悟)
今日のできごと
就職活動
ごはん
ウエディング
写真と徒然

以前の記事

2010年 01月
2009年 06月
2009年 05月
more...

ブログパーツ

コンテンツ&リンク

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧

ポーラ美術館の印象派コレクション展@福岡市美術館

行ってきました。

印象派にとりたてて大きな興味があるとか、芸術に深い造詣があるというわけではないけれど、
こうして一つの作品として確たる人格を持った一枚一枚の絵と対峙すると、
絵から与えられる力だけじゃなくって、
クリエイティブな才能を持った人に対して、深い尊敬の念と羨望を毎回感じます。

「印象派」と評されるだけあって、そのどれもがぱっと見たものの心を捉えるものではあるけれど、時代の趨勢や画家によって表現方法がぜんぜん違うのに驚かされました。

特に印象の残ったものをいくつか挙げるとすると、
ルノワールの人物画。
抜けるような白磁の肌で描かれた少女の繊細な感じが非常に美しく印象に残ったのですが、
向かいにかけられた裸婦画の
全体的に赤味のさした円熟した姿を見た後にもう一度見直してみると、
少女の白い肌は「処女」の証なのかもしれないと感じられ、
不可侵な神々しさまでむしろ感じさせられました。
そのようなことを考えながら、表題作でもなんでもない「髪飾り」を見ると、
少女が母親らしき女性に髪飾りを飾ってもらっているだけの他愛のない絵なのに、
少女の恍惚とした表情に、背徳感すら漂うエロスを感じずにはいられませんでした。

セザンヌの筆遣いは、父が若かりし頃に描いていた油彩画の調子に良く似ていて、
父の絵を思い出さずにはいられませんでした。
セザンヌの絵は荒削りで伸びやかで、力強くて、暖かくてすきでした。
それにしても父の絵は一体どこに行ったんだろう。


モネの絵を見ながら「空即是色」とふと呟いてしまいました。
モネは構図の採り方が非常に上手だなと感じました。
人の心を掴むためには、中心を決めなくってはならないけれど、
敢えてそれを外したり、遠近法を狂わせたりすることによって、
逆に印象を強いものにしていると感じました。
でも、それだけの効果だけじゃなくって、モネは自然の様子とでも言うのか、
とにかくあるがままを捉えようとしているのだなぁとも感じました。
モネの絵には人の目が通ってそこから描き出されたような「人間臭さ」がないんです。
人工物も、人も描かれているのに、
それらに注目することもなく、特に力を入れて描いているわけでもなく、
ただ、キャンバスの中に在る、といったような感じ。
恐らく、彼の目は「神様」の目なのでしょう。何かを達観したような目。
有名な表題作睡蓮も、何枚も何枚も時間を変えて描いていたのは、
睡蓮自体が重要だったのではなく、睡蓮の湖に映る時間や光や入り込む景色自体が
非常に重要だったのでしょう。
この世界を、あるがまま。
一歩上の世界からこの世界を見渡すような、そんな気分の絵たちです。
「アルジャントゥイユの花咲く堤」の花の配置と色彩に目を奪われ、
「セーヌ河の日没、冬」で中央の夕日を焦点に置いた絵に心打たれました。
後者の絵は妻をなくした後に描いたそうです。
物悲しさと、中央に置かれた真っ赤な夕日に、
消えそうだけれどもそれでも一層輝く、情熱の萌芽を感じずにはいられませんでした。

一方で、ルドンの絵は非常に人間的。
同じ構図を外した絵でも、
こちらではなにやら俗っぽさが感じられて、親しみが持てる感じでした。
「日本風の花瓶」では、能役者の絵が描かれた花瓶に花が生けられているのですが、
その花々が洋花なのに非常にエキゾチックな色彩で描かれていたり、
構図を外した「さまざまなブルー(といった名前。正しくは失念)」では、
妻の裸体の丸みと、風呂桶の丸さ、タイルの青さ、水の青さなどが
どれも現代芸術に通じるところがあって、新しさを感じました。


このほかにも色々な画家さんの絵が公開されていて、
その一枚一枚にさまざまに思索してみたり。
この場所で何で絵を描こうと思ったんだろう?とか、この色味はどうやって出すのだろう、とか、
普通、こういう表現しないよなー、とか、
どう見えたら、こういう風にキャンバスに構図を取れるんだろうとか、
考えるほどにわくわくしました。これこそが醍醐味。

写真ももちろんすきですが、
やはり、自分の手で自然に対峙して生み出したものに、私はよりよく惹かれます。
そういうときに添加されてくる「何か」が、私の心を非常にくすぐります。
「何か」とはきっと、「個性」とか「才能」と言った「人間性」の部分なのでしょう。

印象派の諸氏は色彩の妙によって、
人の心に入り込むのが非常に上手だったと思います。
見た人に大きな衝撃は与えないのだけれども、
何がしかの世界の真実を切り取って見せられたような、
そんな感じの絵が多かったように思います。
そういった絵に囲まれて、多分呟くことになったんでしょう。
これこそ、「空即是色」。






ちなみに、草間弥生のかぼちゃ、ここにもあったよ。
わー、直島で見たときにどっかで見たと思ったわけだ!
c0048381_1845.jpg

by chihiro_1984_20xx | 2006-04-27 01:08 | 芸術(舞台・絵画など)