のらりくらりと結婚準備ブログ&食いしん坊な日常。


by chihiro_1984_20xx

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カテゴリ:真面目なこと(その他)( 10 )

女の子は大変だ

今日も箇条書き。

・やーすい化粧水と、リップ購入。

朝、アポイントを取っていた某新聞社に行く。
連日の疲労からか、しっかり寝坊して、蔵本~博多間タクシーという、非常に勿体無いことをしてしまいました。
バスなら100円、
タクシー590円。

泣く。

用事は、5分程度で終わり(でも、来年も9月6日に明けててね☆という内定を頂きつつ)、帰宅。

無駄遣いついでに、薬局で、やーすい化粧水と、リップ購入。
何で、女の子はお金がかかるのだろう。


・チャイルドラインの今回の講座は、「思春期の性」でした。

電話相談(と書くと不適切なのだけれども)のキャッチャー養成講座に通っているのですが、今回の講座の内容は「思春期の性」。
内容的に真新しいものというものはなかったですが、ぽろぽろと、発見があったり、誤解を改めて学びなおして、勉強になりました。

男女の性への認識が違うことを、男性も女性も認識すべき。

SEXによって「起こること」、つまり、妊娠と性感染症のもたらす危険性を、もっと認識すべきこと。

基本的だけれども、誰でも忘れがちなことですね。


例えば、
男が「愛してるから、生でしよう」といっても、
それはおかしい。
愛してるなら、なぜ、妊娠のリスクを考えない?
もしも妊娠して、堕胎させて、
結果的に女が心身ともにボロボロになることが、愛なの?と。

だから、婚前交渉の「生んでいいよ」って言葉だって、
信じちゃいけない。

できちゃった結婚なんか企んだって、
男が生むなといっちゃえば(認知拒否したら)、
シングルマザーか堕胎です。


お互い気持ちよくっても、
後で傷がつくのは女が多い。
だからこそ、女の側が、できる自衛はしなくっちゃ。


でも、同時に、SEXすることも、
子供を持って親になることも、すばらしいことです。
ただ、親になるべき時に、なろうということ。
リスクの少ない、気持ちよくて、安心のあるSEXしよう、
ということ、それだけなのです。

若すぎる妊娠は、
人生中途半端なまま母親になってしまうことが多いです。
母親となることにそんなに安直な進み方をしていて、
いいのかな?という部分もあります。
でも、30過ぎても、
合併症などのリスクが高まってくるらしいよ。
生んだ後の母親としての体力の問題もあるし。

しっかり働いたりして、一人の女として自立して、
パートナー見つけて、結婚して、SEXして、子供を持つ。

これを20代のうちにやってのけろとな。

基礎体温も、測らなきゃね…。

あぁ、女って大変だ。大忙しだ。

(ちなみに、私の中で、子孫を残さないなんていう、動物としての責任放棄の考えはナイ。)


・パリコレ見た

BS2でしていたので、鑑賞。
スーパーブランド、実は大すきです。
でも、ほしいというよりも、本質的なものがすき。
その物たちに込められた、職人達、デザイナー達、ブランドとしての精神が具現化している点に、非常に魅力を感じます。

女性達、美しかった。

飾り立てること。女性の交換によって社会が成り立っているなんて言ったのはレヴィ・ストロースですが、
そういう女性の商品的な価値を感じる部分が、過去にあったとしても、美しい女性の前には、神性を感じずにはいられないでしょう。ややや、ありがたいものを見ました。

私としては、クリスチャン・ラクロワの会場作りがすきでした。
ブックレット、白のバラ、白の扇子が、お客さんが座る白の椅子に準備されているの!
ショー中は、白の扇が舞っていて、
ショー後は、白のバラが、ランウェイに投げ込まれるの。

本当に美しい。

・セツナイ

歩いてて、
音楽聴いてて、
なーんとなく、そう思っただけとです。

その時聞いていた曲が、
触れそうで、触れない。
唇は拒絶の言葉、目は蟲惑な誘い~♪
みたいな曲だったからでしょう。

こんな葛藤を繰り返し、
連日胸が締め付けられているオンナノコ達は、
本当に素敵だと思います。

刹那い、って、いいよね。


****

この記事を書いた後に、
「不快な気持ちになってしまうかもしれない人」がいることを指摘されました。

書いていた時は、自分への自戒の意味と、安直に放棄しているような人とかが多いなぁとかいう、そういう一面的な方のことばっかり考えちゃってました…。

本当に配慮と言葉が足りてなかったです。

ここで、お詫びさせていただきます。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-09-01 00:25 | 真面目なこと(その他)

成長するということ

自分に、夢を叶える資質があるかどうかはわからないけれど、
とりあえず、少しはあると仮定しよう。

それでも、たとえ、いくら資質を豊富に持っていたとしても、
資質は、資質である限り、まだ、原石なんだってことを、
今日は思い知りました。

今、子供に対するボランティアの養成講座に行っているのだけれど、
毎回が発見と学びの連続です。
自分が「これでいいんだ」って思ってきたことが、次々と崩壊していきます。
崩壊させられるから、そこで学んだことや、
その後のロールプレイを実際に行うことは
私にとって、「恐れ」の連続にすらなってしまいます。
帰り道に、凹みすぎて、もう次回は行かない!なんて毎回思ってしまいます。

それでも、時間を置いて、冷静に考えてみれば、
自分自身にとって必要な、適切な学びであったのだということに気がつかされます。
反省の連続です。
前回も、今回も、自分の心を動かして、人の言葉を聞いて、たくさん後悔と反省をしました。
でもこうして、少しずつ、無駄がそぎ落とされていけるのならば、いいと思います。



削り終わった最後にダイヤなんて何もないことがわかるかもしれないけれど。


不要なものを纏ってこのままでいるよりはずっといいと思う。


がんばるね。
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by chihiro_1984_20xx | 2006-06-03 23:40 | 真面目なこと(その他)

らしょうもん

覚えていますか?
高校一年の頃に、多くの人が通る道。

その一つの芥川龍之介「羅生門」のことです。
現代文の教科書が何度も改定されようとも、
しつこくしつこく残り続けたこの文章。

今年、久しぶりに高校一年生を受け持つことになった母が
また、新たな高校生達を前に教鞭をとることになったのでした。


…………が。


高校生達に通読させた後に書かせたという
感想を読ませてもらって唖然。

「漢字が多くて訳がわかりませんでした」

まではまだいいとしよう。


「老婆はかつらを作ってどうするつもりだったのか?」
「かつらはどうやって作るんだろうって思った」
「羅生門は現代ではありえない」
「下人が盗みをしないでよかったと思った」

おいおい、本当に読んだんか?

「飢え死にをするということを選ばなくて良かった。飢え死にをするなんてむしろ人は選んではならないのである」

え?え?え???


挙句の果てには


「ジャアパーニーズ(カタカナすら書けていない)・ホラー!
だと思った。こえー!」


……………??????


文章を読めていないとしか思えない感想が続出。

今日は母と二人で今後の授業方針で大悩み。
バクショー(S木先生)どころではない。

結局、色々と考えた結果、
彼らの読解能力の現状を知るために
次回の授業で読書調査をすることに決定。

感じたのは、
子供達に主体性も客観性も芽生えていないのかもしれないってこと。アイデンティティの葛藤も確立もなされてない。
心の成長過程が見られないってことでした。
別に本なんか読まずとも、それができていれば問題ないけれど、どうやら母から話に聞いた感じだと、それすらもないみたい。
「透明な自分」の問題が指摘されて後、
潜在的にそういう存在が増えてるんじゃないかと思ってしまいました。

あー、これはどうしたものか。
なんでこんなことになってるんだろう。
どうしたらこれは変わっていくんだろう。
放っておいた結果がこれなんだろうけど、
今後も放っておいていい話じゃないことは自明の理だわ。

読書調査の結果が非常に興味深いことになるだろうと予測され、戦々恐々としております。

格差社会とか国家の品格とか
あーじゃこーじゃ机上で言ってる場合じゃない現実を
垣間見た今日でした。


*********

さて、今日は母の日だったので。
母が前々から気になってたというお店で
ミニ和懐石を頂いてまいりました☆
東区の隠れ宿屋兼お料理やさん。
ミニといっても量がありえないくらい多かったけど、
お給仕のおばさんたちも気さくで居心地がよくって、
とっても素敵なお店でした。
お刺身が新鮮で、
焼き物の照り焼きが上品なのに味がしっかりついてて、
揚げ物がアツアツパリパリでとにかくもう、おいしかったー!
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by chihiro_1984_20xx | 2006-05-14 20:18 | 真面目なこと(その他)

MPIフォーラム 福岡県知事モギ選挙(で、合ってますか?)

行ってきました。
非常にためになったし、面白かった!!!
政治って聞くと拒否反応、サンデープロジェクトもTVタックルも苦手な私でしたが、
知っている3人が熱く県政に関して語っていたら、
なんだか話している内容もわかったような気にさせられました、というか引き込まれた。
現状把握、目標設定、
目標達成のための方策、それにかかる具体性を感じさせるための「時間」、
なるほどね。全くだ!何度も納得させられました。
有権者としての目を養うためにもとても良い訓練のひとつになったと思います。

ふぃー、今日は家族でワイン飲んで酔っ払いなのでこの辺で。
やっぱりワインおいしいー☆
コメントも酔っ払ってたらごめんなさい。ではでは。
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by chihiro_1984_20xx | 2005-10-29 23:01 | 真面目なこと(その他)

生き物が人の間で生きるということ

我が家には二匹の犬がいる。

私の住む地域には、野良猫が2,3匹は常駐している。

天神では、個人的に保護した犬、猫の里親ボランティアをしている人たちとその犬猫たちがいる。

毎日なんらかの方法で

殺されてしまう犬猫たちがいる

人間の都合なのである。
飼うことも、捨てることも。

捨てられて、拾われた犬猫達は、一体どのくらいいるのだろうか。
日本では、どのくらいの数、犬猫が飼われているのだろうか。調べてみた。

犬猫の飼育総数は、
犬12,457匹、
猫11,636匹。

飼育率は、
犬18.8%、
猫15.1%。
つまり、日本の3分の1の世帯が犬か猫を買っている計算になる。

ペットフード工業会調べ

片方では動物管理センターに「保護」された動物達が、
一日約2,000匹、「処分」されている。
年間、どのくらいの頻度で処分が行われているかはわからないが、
もしも、平日には毎日行われているとしたら、
2,000匹×20日×12ヶ月=年間48万匹の動物が、処分されていることになるのだ。
その中で、保護されて里親探しをしてもらえている犬猫は全体の何%にも満たないのだろう。

どうして、殺されてしまう犬猫の方が多いのだろう。
この答えはわからなかった。
けれど、犬猫を無責任に増やした結果であったり、
無責任な理由で手放してしまったりする人間のエゴなのであろう。

動物管理センターは地方自治体の中におかれているようで、
仕組みがいまいちよくわからなかったのですが、大体が県庁などにあり、
政令指定都市、中核市には
それぞれ保健衛生部や、環境福祉部などといった人間生活にかかわる部署にポジションがおかれているようです。
実際に、動物管理センターに見学に行かれた方のレポートがあります。

なんだか、とてもペットを飼うことに、人間であることにやるせない気持ちです。
昔付き合っていた人は、ウサギを飼っていたのだけれども、
一羽目を大事に思っていたとかそういう理由で、
その後に来た二羽目だったか三羽目だったかには目もくれてなかった。
そんな理由でって、それには本当に、信じられない気持ちだった。
夏にも冬にもベランダの鳥小屋のようなケージに入れられていたあのウサギ。
久しぶりにその人の家に行った時には、もう死んでしまっていた。
あのウサギが、時たま思い出されてならない。
そして、あの目を思い出して切なくなる。

人間のエゴで生き物は売り買いされるようになった。
エゴだから、必要なければ捨てる。物と一緒の扱い。
弱者である動物には何も術がない。
出会った人、生まれた場所、そんなことで、寿命と運命が決まる。

殺された動物の数の膨大さに驚いた。

もちろん、動物達が食用だったり、洋服の材料であったりに使われるために殺されるのは、
ある範囲では仕方がないことだと思う。
産業として、「人間の社会」のルールとして、仕方がない部分があるのも理解できなくはない。
私自身だって、ファーがちょっと好きだったりする。
肉だって結構食べる。
でも、それでも、「殺される生き物」に対して、
「仕方がない」とは言ってはいけない気が同時にするんです。
犬猫だって、一つ一つの命で、それらに重いも軽いもいいも悪いもない。
なのに、殺される犬猫、優遇される犬猫なんて選別されていいわけはない。
生きている。彼らはひとつの命を燃やしているのに、
それを人間のエゴでむやみやたらと奪ってはいけない。
ファーや食肉を全否定するつもりはさらさらないけれど、
搾取するだけの人間は、事実を知っておく義務ぐらいはあるのではないだろうか。
生き物から、命をもらって生きていることを、常に、心の奥で考えておくべきではないだろうか。
無知、無邪気な残酷さが一番恐ろしい。
一人一人が少しでも知っていることで、少しでも何かが変わるはずだ。

人間の間で生きることを余儀なくされた、
犬猫、ウサギ、小鳥、、、それらは皆、人間の中で必死に生き抜こうとしている。

特に管理社会日本では。
動物管理センターも、刑務所みたいなものなのではないかな、と思った。
結局、底辺の職員がどうこうしたいと思って、
できる範囲で努力してもそれは結局はあまり変わらない。
社会のしくみ自体を変えていく働きかけを、
自治体や、国単位でしていかなくてはならないのではないか、と。
一人一人の心がけとは逆に、管理体制の中でも問題は感じる点はあった。


このエントリを書いた私自身の狙いはなにか。
こうやって、とりとめもなく、まとまっていない、つたない文章であるけれど、
私のこのエントリによって、生き物達を、総数だけではなく、一匹一匹の個性を、
人間が殺している事実に気づいてくれたら、意識してくれるようになったら。
儲けもんである。
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by chihiro_1984_20xx | 2005-05-24 02:45 | 真面目なこと(その他)

よくわからない。~兵庫県尼崎市、JR福知山線脱線事故。

兵庫県尼崎市、JR福知山線脱線事故。

死者は107名にまで増えた。
毎日のように新聞やテレビが関連ニュースを流す。

JR西日本の対応うんぬん、
公共交通機関でのダイヤがどうとか、競合がどうとかうんぬん、
運転士の教育うんぬん、
運転士自身の資質うんぬん、
事故の原因うんぬん、

色々なことが報道される。

その中でやはり大衆の目を引くのは、被害者の報道。
人の生死にかかわる部分は誰しも直面するからだろうか。
毎日のように、誰彼はこういう経緯で列車に乗っただの、
誰彼はこういう家族状況で。。。だの報道される。
今日の朝日新聞では、検証列車事故の一環として、
死亡者107名の出せる限りの名前と顔写真と簡単な背景を特集した。
見出しは「奪われた夢、希望」

最初は、ただ、悲しかった。
同じ年頃のもしかしたら友人になりえたかもしれない若者が、
こんな恐ろしい一瞬に出会ってしまい、命を落としたことに。

でも、日が経つにつれ、様々にあふれる情報を目にして、何もかもがわからなくなってきた。

「奪われた夢、希望」って、
一体じゃあ、誰に、何に、奪われたの?
JR西日本?
会社の内情?
運転士?
競争社会?
乗り合わせた電車がたまたま事故列車だった自分の不運?
運命?

わからない。
新聞は答えを運んでくるわけではない。
むしろ、答えを運んでくるメディアというものは「嘘」なんだって、
この事故で反語的に気がついた。

しかし同時に、報道を発信する側があまりにもポイントが見えていないからか、
何もかも、情報を玉石混交で発信してくる。
微細なことでも捕まえて記事にしようとする。
そのことも、わからない。
その、知ろうとだけする意思が、
メディアのこの事故の取り上げ方から感じられて、気持ち悪くなった。

事実を完全に知ることは難しい。
できる限り事実は知らなくてはならない。
そうした上で、自分なりの判断を下さなきゃいけない。
そのために、新聞やテレビの報道は存在する。
しかし、本当に「必要な」情報を流しているのだろうか?
流しすぎではないのか?
情報を集めすぎではないのか?

この事故で、私はなにもかもに不信感を抱き始めた。
この事故に関する報道から、
マスコミ関係者の純粋で貪欲で残酷な報道への気持ちが感じられて
気持ち悪くて見ていられなくなった。
社会に対しても不信感を抱くようになった。
歯車が増えていく社会。
歯車が回る。回りきれなくなって壊れる、壊れないように無理をして回ろうとする。
歯車の故障の被害者は人間だ。
歯車が間違った方向に動いていくのを、ただ手をこまねいて黙認しているだけの社会に、
不信感を抱いている。

事故に遭われた方、なくなった方、本当に、悲しいです。
ご愁傷様でしたなんていえない。
一人の人が失われるということの大きさを考えると、胸が詰まる。
今までいた所に、いない。
「空白」。
一人の人が与えてきた影響力、ありがたみを、失ってからようやく気付くということの悲しさ。
その悲しみを多くの人が背負っていかなくてはならない。

それを、むやみに報道していいのだろうか?
社会の実態として、残酷に報道することが大事なことなのだろうか。
原因追求は大事だけれども、過程の段階でむやみやたらと知りえた情報を流しても、
それはマスコミの使命と割り切って認めてしまっていいのだろうか?
マスコミから与えられる情報が余りにも煩すぎて、脳みそが麻痺しかけています。

社会というものと、人の命というもの、関わってくる人々、
余りにこの事故は多くの問題を生み出しすぎた。浮き彫りにしすぎた。
問題を報道する側に、うんざりしてきた。
2ch、マスコミ、会社、社会、
人間の無責任に、純粋に残酷に放出される気持ちに、吐き気がする。
厭世観すら湧き上がる。


無責任なことはいえない。

でも、あえて私はいいたい。
社会に出て行こうとする大学4年生のこの時期。
有名企業じゃなくても、就職することは、社会にかかわることだけれど。
その中でも特に社会にがっつり関わっていく人たちは私の周りにもたくさんいる。
有名企業に行く優秀な人たちがたくさんいる。
マスコミ、社会を動かして行こうとする企業、様々だ。

希望に溢れているかもしれない。
前だけを見ていけば、目的に向かった道が見えていることだろう。
でも、大きい会社というものは仕事の中でそれだけ社会に対する影響力が大きい。
多くの人が影響を与えられる。
社会での自分の采配一つで他人の人生すらも、容易に変えることができる。
自分自身の価値観一つが、
そのうち他者に大きな影響をあたえてしまうようになってしまう。
それを忘れてはいけない。

だからこそ、社会に出て行こうとする私達は、
社会人と一個人の狭間にいる私達は、
一個人の価値観を忘れてはならない、もっと深めていき続けなくてはならない、
育て続けなくてはならないのではないだろうか。

社会からは人の心が見えない。
社会自体がそういうものなのだから仕方がない、と割り切るのは
私は余りに悲しすぎることだと思う。

この事故では、いつもふとした瞬間に断片的に様々なことを考える。
だから一つの気持ちが出てこない。
言葉にすべてをうまく表せない。


わからない。
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by chihiro_1984_20xx | 2005-05-01 18:12 | 真面目なこと(その他)

福岡二区補欠選挙公開討論会

いやはや、政治っちゅーのはよくわからんですねぇ。

うまくいえないんですが、とりあえずお知り合いブログでの感想を読みましたので
長くなりそうだったからトラバだけしてここでコメントをブログって便利いいねー!!!
私が偉そうに言える立場ではないのですが、
なんだかいえそうなところだけ。
だって言えるのってコメント見ている私しかおらんですし・・・。
これを見ているスタッフさんたち、間違えがあったら指摘ヨロ。トラバも素敵。

まぁ、一般のお客さんからしたら利用されているとか、
討論になっていないとか、そのように受け取られてしまうのは
今回の進行とか雰囲気見ていたら感じるかもしれませんね。
その点は頷けます。
しかし「中の人」からしたらそうではないよー!
と。
説明可能部分のみ。

政治にかかわる人たちは色んな制約があるらしく、
選挙に関ることは特に「公職選挙法」に決まりが書いてあります。

そのなかで討論会などの公に出るものとかで、
「うちに入れて」などの直接の選挙にかかわる行為は、
「選挙の公示前の政治家の「政治行動」は公職選挙法に抵触しちゃいけんのよ」
ってきめられています。
制約は広くて、お互い討論しちゃいけんとか、拍手しちゃいかんとか、なんだか色々あるのです。

今回は純粋に学生の企画立案で、公正中立、公選法厳守でやっていましたので、
結構縛りはきつかったんです。
こちらからの危険予防のためにも
(だって学生は責任が取れないから何かあったとき困る)
あのような形にせざるを得なかったのが実情です。

あと、どっかの党によってたら他の党も出なかったりしますよ普通は。
出てほしいと打診したのも学生です。
党の思惑、事情もありなかなか厳しいところもあったそうです。
あと、どこかの党のバックがあったなら
地場産業の企業からの寄付金でもなんでもあったかもしれないです。
そのようなことを起こさないためにもマスコミでの告知やら寄付金やらから厳格にして、
一切やってないんです。マスコミも色あるとか、色々ありますよね。

学生の討論会でも、政治家にしてみればパフォーマンスの一環ですし、
マスコミからしたら今後の補選の記事ネタの情報求めてくるだけだし。
色んな思惑があるのはわかりきってることなんですよ。


でも、ではこの討論会をやった目的は何なのか?と。

私は「きっかけ」を作ったのではないかなぁと勝手に思っています。

まず、今回の目標。
学生の選挙離れへのアプローチ。

色々選挙に行かない意見はあるけれど、そういう人たちに、

で、じゃあ生の政治家見たことあるの?
って感じる点も、私自身討論会を終えて感じるようになった。

どんな人間かを見て、
この人に国政を任せようってそれだけの意思表示でもいいじゃないか。
でも、一人一人みるのも無理だし。
じゃあならば、どんな人間かを一度に見れる機会を作ろう。
それだけでも十分なんらかの働きかけになるのではないでしょうか?

こんな風に一同に候補予定者が会してお話しするところすら見たことなくて、
それで選挙しようって言うのも無理な話。
公約読んだってちんぷんかんぷん。てか守らないでしょう!?
って思うのだってそれは新聞とかフィルターに通したら特にそう思うかも。私ならそう思う。

今回色々な制約の中で若者にターゲットを絞って、
政治に関わろうとしている人たちって言うのも、
まぁ一応「人」なんだよー。
で、こういう人となりしているんですよーっていう所をわかってもらえれば
これ幸いって感じでした。
(まぁ、おじちゃんとかが多かったけれども)


その二はこれを一度きりと思わないこと。
関東、関西ではしょっちゅうやってるみたいです。
福岡でもちらほらしているらしいです。

学生主催の討論会っていうのは福岡でもめずらしい・・・はずです。
最初に書いたように色んな制約があった。
でも、今回学んだこともあったし、
今後に生かせるところ、今後ここまでできるのではないかとか、
大いに発展の余地があると思います。
後続が続けばこれ幸い。
特に学生が主体で動けばこれ幸い。

そんな「きっかけ」として今回の討論会の存在を考えてもいいのではないかと思います。


とりあえず私としては
政治と金、政治と司法、国政と地方政治、日本と海外。。。。
政治はただ政治として存在するんではなくて、色々な側面もあるし、
一概に言ってしまうのは悲しいと思います。
曲がりなりにも国民なのに。

私自身も、政治っていうのは難しいねぇというのはまだ思うけど、
政治や社会に関わるのは色んな方法があって、
自分自身の一歩で社会はどうにでもなるんだと思うようになりました。
今回はあんまり関われてないけれど、それがわかったから収穫でした。
私の人生の今後に生かす「きっかけ」にもなってます。

だから、そういう意味でも
「無意味」だというのなら、何が無意味なのか、
わかる範囲ででもいいから、
実際に自分の足や言葉などでの検証を行い判断することは非常に重要ですね。

私自身のこのレビューブログももう少し検証しなきゃいけないですね・・・。(本題からずれている)
ま、まぁとにかく本当に、印象だけで色々なものを判断することの愚かさを感じました。

公開討論会の運営をサポートしているNGOがあるらしいです。
リンカーン・フォーラム
スタッフ始めるときに「みといてー」って言われてみたけど、ためになりました。
中でも、開催マニュアルがわかりやすかった。
是非、一読されてみてください。

うーん、まとまらない。

あ、あの某朗読は私も経緯は知っていますが意図とかは知らないです・・・。
なんでアレだったんでしょうか?
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by chihiro_1984_20xx | 2005-04-13 22:10 | 真面目なこと(その他)

人間関係。

帰りながら携帯でYahoo!ニュースを読んでました。
イラクの暫定選挙、やっぱり多くの自爆テロがあってたんですね。
でもアメリカの大統領さんは民主主義のために大成功!!!
とかなんとか言っているし。
選挙に行って、殺されてしまうなんて。
イラクは確かに過渡期にはあると思います。
戦争を始めてしまった時から、イラク「開放」後の戦略は練られていたのでしょうか?
これがその戦略の範疇内だったら悲しい。
そして、戦略がなかったのなら、それは無用の戦争であったといわざるを得ません。

難しい~~~。

対人心理学の中で、トラッキングゲームという実験を習ったんですが、
①お互いに武器を持っていない状況は交渉行動を起こしやすく、
②片方が力を持っているときは相手方は玉砕戦法を起こし、
③両方が同等の力を有していれば冷戦状態を引き起こす、
と簡単に言えばこんな理論が起こるということを習いました。
国家間の交渉や、戦争でもこの理論は当てはめることができますよね。
③は、特に核の戦争抑止効果についてもこれで説明しようとすればできます。
特に国家間の交渉の中で威嚇行動というものは、
交渉カードの一つに入りがちですが、
それがとても危険なものであるということを痛感されずにはいられません。
互いが競争すればするほどに、
すべての事象において社会レベルの損害を引き起こす社会的ジレンマを
我々はなんとかして止める方法はないものでしょうか。
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by chihiro_1984_20xx | 2005-01-31 23:33 | 真面目なこと(その他)

命の重さ。

バイトに向かうまでの
バスの時間が
一番苦手です。
心を売り子にシフトしなきゃいけないから。
だるい。でも、がんばる。


寒い、寒すぎハローデイ!
冷凍コーナー向かい合ってるのよ!その間よ!
寒すぎて思考能力低下。
ご飯八仙閣の暴挙。
一人ご飯なのに四人席(笑)
まだ売れてないよー。試食は出てるんだけど……。

*********


おわった~~~。
終わった途端にまた鬱に戻るの嫌~~。
バスの中でめそめそ。
何とか帰り着きましたがね。

ご飯を食べてるときに限って、特定のおとこのことが思い出されて、
吐きそうになるのです。吐かないけど。胸がいっぱいになる。
特定といっても、その時に一番印象に残っているおとこです。だからいつも違うけど。

人間関係を結びつけるものは一体何?

おとこと一緒にい続けることの意味は何?

今は、家族とそろってご飯が食べれているこの事実にすら驚くのです。
私でも、家族はここにいるのだということに。
おとこと一緒にい続けることはできないでしょう。今は。



香田さんは亡くなってしまいましたね。

責任論だとか、色々冷ややかな目で見られていたりしてますね。

それに人が殺されても、社会も何もびくともしませんね。

人は死んだね、ぐらいの興味しか持たないし、
国は方針を変えるつもりもなし。

冷ややかですね。日本人。

責任どうたら言う前に、社会は繋がってることをもっと気づけ。

彼が興味本位で行ったとしたとしてもだ。
それは日本で培われた平和ボケにしか過ぎんのだよ。
自分には責任はないといわんばかりの顔をして、他人を責める暇があったら
そんな社会の分子の一部になっている自分に気づくべきなのではないのか?
自分を責めるべきなのではないのか?

あぁ、ドミノ理論。
しかし、私は自分すら責める。


死ぬの、怖かっただろうなぁ。
ほんと、怖かっただろうなぁ。

打ち捨てられた死体。
首のない死体。

「彼」はどこに?

死ぬまで、死んでから。
そしてその人と物体との境目。

チャンネルがずれたようにしか認識できないこの生死の摑み処のなさ。


でも、生きていた彼は確実に、
日本で安穏と責任論や政治について語っている人より
真実を見ていたはずだ。
その映像を見れたらいいのに。その真実を知ることができたらいいのに。
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by chihiro_1984_20xx | 2004-10-31 22:58 | 真面目なこと(その他)

ぴろこと語る、義務とか。

でも、気分を奮い立たせて。

今日、バスの中で話してたんですが。
相手は?えぇ、ぴろこです。
私の唯一無比な有人、おっと、友人でごぜぇます。

で、話の内容。
なんでドイツと日本はこうも違うのか。

ドイツは小さいころからの法律教育とか優れてるんですよ。
しっかりもっさりやってるんですよ。
で、福祉の面だとか、行政の面だとか、裁判したりとかが非常にオープンであって、
国民のための政治をしてる!!ってのがわかるんですよ。
日本はなんでこんなにわかりにくいんやろうか?となったわけです。

こんなにわかりにくいせいなのかどうなのか。
実際、選挙権とか二十歳にゲッツ!(古)しても私の周りの他大生は
行ってない子が多いです。
大体、何を今の政治はしたいかわからんし。
誰がなっても一緒って感じだし。
面倒だし。
て、そんな感じ。
われ関せずなんですよ。

そんな二つの現実。
なんとなく、見えてくることがあったり。


日本国民であることの意識の欠如。

自分が日本国民として、日本を動かしていかなくてはならない義務があるということ。

そして、権利というものの重みの履き違え。


島国だから、他との境界をあんまり意識しないんでしょうね。
ドイツは戦後、ヨーロッパという中にあって
孤立することだけは避けなくてはならなかった。
戦後保障に力を入れたということはうなずけなくもないことでしょう。

アメリカは自分達で権利を勝ち取って(実際は移住してきて勝手に住み着いたんだとおもってますが)自分自身の国の誇りというものを忘れないように
国家歌ったり国旗掲げたり、愛国心教育が必須になってる。弊害も多いけれど。

他者との境界のない日本は井の中の蛙。

そこへきて、個人主義の世の中ですよ。奥さん!!

自分さえよければどうでもいい、
個人の意識を大事にしましょう。
個性は大事です。
ですってよ。
そして人々は自分のことしか考えない。
社会の中にいる自分の姿が見えない。見ようとしない。
政治が変わらないのは誰のせいでもない、自分のせいだという認識がない。


自分の入っている『日本国』という組織。
その中でわれわれは運命としてここに住まわざるを得なくなった。
でも、ここで一生を過ごすかどうするかは自分の意思。
動くか、ここにいるかの権利を持っている。
「好きでいるんじゃない」
そんな人もいるだろうけれど、そんな環境の人もいるだろうけれど。

日本に対する認識、甘くないですか?
自分、日本国にいるってたまには感じますか?
私も実際あんまり感じないんですが、みなさんはどうですか?

オーストラリアに行ったとき、自分の国がとっても小さいことを実感しました。
自分の国の枠組みが文化以外で語れるものがないことに気づきました。
自分の国についてのあまりの認識の低さに自分で驚きました。

他者を見てこそ自分を省みることができる。
他者がいるからこそ、自分がわかる。
ヘーゲルはうまいこと言ったものです。

今の日本は国民も、国自体も、自分の殻に閉じこもりすぎてる気がする。

好き勝手、生きてもいい。
どんな価値観の人がいても良い。
でも、責任は果たすべき。やることはやるべき。
そしてそれ以上におかしいことはおかしいって言うべき。
生きていければ良いってもんじゃない。
それこそ、『権利の上に眠るもの』。後から文句を言っても遅いんです。
それが、土地を間借りしてる『国民』としての義務だと思う。

なんだかうまいこといえなくなっちゃってしまった・・・(日本語おかしい)
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by chihiro_1984_20xx | 2003-12-11 21:52 | 真面目なこと(その他)